駆け出し顧問の練習日記

中学野球部員の生き生きした日常を一般公開します。私の監督としてのスキルアップも目指しています。

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葬儀のおおまかな後片付けを終え、本日の
夜帰宅しました。 皆さんのコメントになかなか
お返しをする時間が取れず、すみません。

皆様からの励ましと生徒さんたちからの報告
は、これから自分が前へと進んでいくエネルギー
源になるはずです。 

明日から溜まった仕事を片付けたり、あいさつ回り
をしたりとまた忙しくなりますが、明後日からの愛知
トレーニング交歓会に支障のないように、しっかり準備を
したいと思います。

祖母が亡くなった当日の朝に捻挫をしてしまい、
まだ足を引きずりながらの生活なので何とか明日
明後日で痛みが引いてくれれば。

では、皆様、時間が取れましたら明日コメントに
お返事を致したいと思います。ありがとうございました。
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昨日は祖母の葬儀・告別式がありました。

私の実家はかなり田舎なので、基本的に葬儀は自宅で
行われます。準備から大まかな片付けまで、葬儀屋さんは
間に入らずに地区の方達が協力して行います。

うちが葬式を出すのは27年ぶりのことで、私にとって
事実上初めての経験でした。800人を越える参列があり、
何かあっというまに終わってしまったような感じ
でした。27年前に弱冠27歳で祖父の喪主を務め上げた
私の父の苦労が偲ばれました。そんな父の背中も
昨日はいつもよりも少し小さく、悲しげに見えました。

火葬場では、祖母の三人の子供から曾孫まで、18人
がそろいましたが、祖母がいなければこの18人が
世に存在することはなかった。そう考えただけで
祖母の存在がものすごく大きかったことに気付きました。

戦前・戦中・戦後と物や食糧のない時代を生き抜き、
現在の豊かさは多くの人の犠牲と、生き残った人の
血の滲むような努力のおかげであると、いつも祖父を
立てながら私に教えてくれた祖母でした。

その祖母の言葉が火葬場でも私の耳に聞こえてきました。

骨を拾いながら、この家の長男として生まれたことを
誇りに思い、また残された父と母、そしてこの家を
命をかけて守っていく使命が自分にあることを
祖母に教えられました。

書きながら本当に涙が止まりませんが、自分はこれから
出来ることを精一杯やって、自分の生き様を子孫の目に
焼き付けてから死にたいと思います。 ばあちゃん、
今まで本当にありがとう。ゆっくり休んでな。
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