駆け出し顧問の練習日記

中学野球部員の生き生きした日常を一般公開します。私の監督としてのスキルアップも目指しています。

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センター試験が終わり、受験生はさまざまな反応を
見せています。

担任室で先生と出願に関してバトルを繰り広げるもの
もいれば、口の端が笑っている生徒もいます。きっと
できが良かったんだろうな。 

中には、背中から「あえてセンターの話には触れない
でくれ」的なオーラを出している者もいます。



そんな中、廊下で何回か女子生徒に呼び止められ、

「先生の言ったとおりにやったらうまくいきました!」

「先生に言われて朝型に勉強スタイルを変えて良かった!」

「2次も頑張ります!」

と声をかけてもらいました。



「良かったねー、そりゃあ君たちが頑張ったからだよ!」

と言いつつも、そういわれると嬉しいものです。

祖母が無くなって、抜け殻状態のまま行った休日
返上の進学講座も、やって良かったなという
気持ちになりました。 

こういう声をかけてもらえることは、今までほとんど
無かったので、とりわけ嬉しいのかも知れません。



本校も授業評価が導入され、それがサラリーに反映
される時代もすぐそこまで来ていますし、仕事の量は
増えることはあっても減ることはなく、相次ぐ教育界の
不祥事で、世間の風当たりは年々教員に対して
冷たくなってきています。

そんな中、つかの間の「教師冥利に尽きる」という
言葉の意味をかみ締めることのできる瞬間でした。
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イタリア、キューバ、リトアニアを転々とされて
野球をしている、八木虎造さんという人のブログです。

以下URLです。

野球素浪人


『イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました』
http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/solrenew_detail?isbn=97840938

という本も出しておられるそうですが、今度是非買って
読んでみたいと思っています。


自分がカナダの高校、そして地元のチームに入って
野球をやっていた経験がよみがえってきました。

チームに入った初日、私の実力をすみからすみまで
チェックするような視線でみんなが俺のことを見ていたっけ。

最初は6番サードでのスタートでした。

4試合目だったかな?リリーフでマウンドに上がった
時に縦のカーブで3イニングで8つの三振を取って、
そこでピッチャーとして認められました。

言葉は通じなくても、プレーで通じ合った日々。

フォーク・高速スライダーを教えてくれたコーチ。

球速アップにとことんまで付き合ってくれたマーチン。

フリー打撃で160mくらい飛ばされたのは、ある意味
カルチャーショックでした。「こいつら、食うとるものが違うな」
と思わされましたね。

あのときの野球は本当に楽しかったですね。

あのときの経験がなかったら、指導者になってまで野球を
続けたいとは思ってなかったかもしれないです。

33歳の人が、好きな野球を異国の地で好きなだけ楽しんでいる。

彼のような人生もありかな、素晴らしい人生だな、と思います。

30歳の自分ですが、また外国で純粋に野球を楽しんでみたいな。

思わず八木さんのブログを読みふけってしまいました。
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