駆け出し顧問の練習日記

中学野球部員の生き生きした日常を一般公開します。私の監督としてのスキルアップも目指しています。

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今日から本格的に英語教師に戻って(笑)高校3年生の
進学講座に臨みます。 自分が受験生だった頃はいわゆる
「受験戦争」の真っ只中。大学受験生の数がピークに達した
翌年のことです。 

留学帰りだった私は、日本の受験のシステム自体に疑問を感じ、
当初は海外の大学へ進学を希望していました。親とも何回も
話し合いを重ねましたが、自分の父親が「将来海外に出て
活躍したいなら、大学生の間に日本のことをもっともっと勉強
してから行ったほうがいい。大学は日本の大学に行きなさい」
とアドバイスをくれました。今はそれに従ってよかったと
思っています。

思春期の多感なときに西欧文化の中で1年間生活した私は、
自分で思っている以上に「日本人」でなくなっていたのかも
しれません。あのまま海外の大学へ進んでいたら、日本に
帰ってきても日本人とうまくやっていくことはできなかった
でしょう。

大学時代に日本の歴史、文化、政治、人間関係などをもう一度
社会に出る前に勉強することができたこと、そして大学時代に
将来の伴侶に出会えたこと、やはり親のいうことは聞いておく
べきだと今になって思います。

日本を愛し、郷土に誇りをもってほしいと地元出身の選手たちを
鍛えに鍛え、春の甲子園に出場した八重山商工が、夏の甲子園
一番乗りを決めました。 おめでとうございます。

小学生の頃からずっと選手たちを鍛えてきた伊志嶺監督の
ドキュメンタリー番組を3月にみましたが、いくら島のため、
郷土のためとはいえ、自分ならあそこまで人のために情熱を
注げるだろうか、と考えさせられました。 部員20人と
監督との人間関係がまず素晴らしい。 監督の「何があっても
自分が責任を持って選手の面倒を見る」という覚悟と監督を
信じてついていく選手の気持ちがシンクロして、離島のハンディ
を跳ね返したのだと思います。 こうなったら、出場だけでなく、
甲子園に旋風を巻き起こして欲しいですね。

それと八重山商工のように本当の意味で地元に根ざしている
チームは、他県であっても応援したくなるもの。本校も通学生
が少しずつ増えていますから、高校野球部初め強化指定部も
地元の生徒の人数が少しずつ増えてくるといいなと思いました。
そのためにも中学野球部が地元で頑張らないといけないですね。

ひとつごひいきのチームが出来たので、今年の甲子園も楽しみです。
あとは自分の出身中学の後輩が三重高校で甲子園に出られるか
どうか、というのが気になっています。こちらも頑張ってもらいたい。

本校の高校野球部も初戦は危なげない勝ちだったようです。次戦
から厳しい戦いが続きますが、ひとつでも多く勝って欲しいですね。
touchさんの息子さんと対戦できるかな・・・。

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伊志嶺監督のように、小さい頃から面倒見ている子達であれば、個々の性格の的確な把握や特別な意思疎通もあり、選手たちの能力を最大限に発揮させることが、よそよりは簡単にできてしまうんでしょうね。
僕も、うちの1年生に「お前らが全員まとめてオレの母校に来てくれたら、オレが監督して、絶対に甲子園に連れていったる!」と言っておきました^^笑”

2006.07.17 04:44 URL | ぶぅ #- [ 編集 ]

コメントありがとうございました。

長期間同じ指導者が面倒を見るということは、
その指導者の力量にもよるのでしょうが、一貫した
指導が出来ることが強みですよね。またその指導者が
ぶぅさんがおっしゃるように的確に正確や能力を把握
して、100%その選手の力が出しやすくなることも
あるでしょうね。

ぶぅさんの6年間の一貫指導、生徒は受けてみたいでしょうね。
うちは中高一貫校なので、そういう面でも将来は
一貫した指導ができるといいなと思っています。

2006.07.17 13:27 URL | Shun #- [ 編集 ]













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